人工肛門(ストーマ)か肛門温存か、大腸がんの手術方法の違い

人工肛門(別名:ストーマ)とは、悪性腫瘍などに対する手術処置によって腹部に新設された排便のための排泄出口のことです。
一般的に、人工肛門はできれば避けたいものと考えられているのではないでしょうか。ここでは人工肛門とはどのようなものなのか、どのような場合に必要になるのか、手術方法との関連などについて解説します。
目次
人工肛門の役割
人工肛門は、患者さんの腸管を腹壁外に引き出してきて、それら管腔臓器の内側を折り返して造設されるものであり、その外見上の外表所見や形状、色調などは個々人によって異なります。
特別な機械を使用するわけではなく、自分の腸管を直接的に腹部表面に出して、便に関して新しい排泄管理ケアに用いられるツールとしてストーマが存在します。
一般的に、ストーマ装具は、排泄物を受け止める役割を有するストーマ袋(別名:パウチ)、そしてストーマ袋を取り付ける土台面板から構成されており、パウチ内部に溜まった排泄便をトイレなどに廃棄する作業が必要になります。
基本的には、ストーマを装着していたとしても食生活などが制限されることはほとんどありません。
一時的な人工肛門と永久的な人工肛門

人工肛門には一時的なものと永久的なものがあります。
一時的な人工肛門
一時的な人工肛門は、腹壁に吻合部よりも口側の腸管を露出・固定し、便や腸液を排泄できるようにします。
吻合部は仮に縫合不全が起こったとしても、おおむね手術後1~2か月で固まるので、その後、内視鏡検査や注腸造影検査などを行い、問題がないことを確認してから元に戻す手術を行います。
基本的に、腹部に作成されたストーマの粘膜部には痛覚を伝える感覚神経がないといわれており、排泄時などに強い痛みを自覚することはまずありません。ただし、粘膜表面には血管が密集しておりわずかな物理的刺激や摩擦によって出血をきたす恐れがありますので、日常生活を送るうえで十分にケアする必要があります。
日常的にストーマを使用するなかで、徐々にストーマケアの動作に慣れて、体力が回復すれば自ら活動範囲を広げることができます。
永久的な人工肛門
下部直腸がんなどの手術の際に、病変部を切除後に残存しているS状結腸部の断端を腹壁に露出固定して、新たに永久的な人工肛門を造設することがあります。
永久的な人工肛門を造設した場合には、基本的に自分の肛門から排便はできず、ストーマからの排泄となるために日常の生活へ若干の変化が生じてストーマケアなどを実践する必要があります。
なお一時的ではなく永久的なストーマを造設した場合には、経済的観点から身体障害認定が受けられます。身体障害が認定されると身体障害者手帳が交付されて、ストーマ装具に関する補助給付、公共交通機関や携帯電話料金の割引、税金の減免といった助成を受けることができます。
人工肛門が必要になる大腸がん
直腸は、食べ物の通り道である消化管部位のなかで一番肛門に近い部位に存在する領域です。
悪性腫瘍を切除して治癒するための手術療法では、がん周囲の正常な部分を含めて広く切除する必要があります。
仮に直腸がん病変部が肛門すぐ近くに認められる場合には、直腸と肛門を一緒に切除して人工肛門を造設せざるを得ないケースがあるのは事実です。
一般的には、直腸がんの手術で直腸と肛門を切除する患者さん以外にも大腸がん病変が存在することで大腸が閉塞して便が通過できないケースに対して、切除部分以外の大腸部位を用いて排便するための新たな排泄口として人工肛門が造設されます。
上部直腸に位置する大腸がんの場合には自分の肛門を温存できる確率が高く、その一方で下部直腸に病変が存在するケースでは新たに人工肛門が必要になる可能性が高くなります。
直腸がんの手術方法

直腸がんの手術にはいくつもの種類があり、選択する手術方法によっても人工肛門を必要とするか、あるいは肛門を温存するか、といった違いが生じます。ここでは直腸がんの代表的な手術方法を紹介します。
直腸切除術(マイルズ手術)
直腸は、大腸の最も肛門に近い場所に位置する部分であり、肛門から約20センチメートルの大腸領域を指します。
直腸がんの手術においては、簡単に分類すると肛門を残す「括約筋温存手術」と、肛門を残さない「直腸切断術」のふたつに大きく分けられており、直腸切除術(マイルズ手術)は後者に該当します。
肛門に近い部位にできた直腸がんでは、悪性腫瘍から十分な安全域(セーフティー・ディスタンス)を設けてがん組織を取り残すことなく切除するために、肛門を日常的に開閉する大事な役割を担っている肛門括約筋をがん病巣部と共に切除する必要があります。
このような場合は、肛門も一緒に切除して、新たに肛門の代用になる便の排泄口として人工肛門(ストーマ)を作成します。
直腸局所切除術
例えば、早期の直腸がんに代表されるように、悪性腫瘍とその近傍部分のみ切除すれば治療が完結する場合や、悪性腫瘍が肛門すぐ近くにあるケースでは、がん組織を直接的に肉眼、あるいは内視鏡で確認しながら切除する経肛門的直腸局所切除術を行う場合があります。
それ以外に、うつぶせの状態で肛門側から直腸がん部位を切除する経仙骨的切除や経括約筋的切除などの手術療法が選択されることもあります。
前方切除術
通常、腹部表面側から創部切開して、直腸がんを認める腸管部位を切除して、残った腸管どうしを縫合する手術方法です。
基本的には、腸管の切り口を上部直腸(腹膜反転部より口側)で縫い合わせるのが高位前方切除術、そして下部直腸(腹膜反転部より肛門側)で縫合するのが低位前方切除術です。
肛門から直腸がんまである程度の距離が保たれている上部直腸がん症例では、がん病変部位から肛門側に2センチメートル離して腸管を切除して、残った腸管どうしを縫合してつなぎ合わせますので、肛門は残って術後も術前通りに肛門から排便することになります。
ただし、便を貯留する働きのある直腸の大部分を切除するので、1回あたりに排泄する便量が少なくなる、何回もトイレに行く回数が増える、急に便意を催して我慢できないなど手術前とは排便の習慣がかなり変化することに留意する必要があります。
低位前方切除術では、一時的な人工肛門を造設する場合があります。
括約筋間直腸切除術(ISR)
近年では、医療技術の進歩や様々な臨床研究成果によって、肛門を温存するための手術法が開発されており、括約筋間直腸切除術(inter-sphincteric resection:略称ISR)という手術治療が行われるケースがあります。
この手術療法は、肛門括約筋のなかでも特に腸管部位の近位側に位置する内肛門括約筋と共に直腸病変部を切除して、S状結腸と残存した肛門どうしを縫合します。肛門は一部温存されて術後も肛門から排便することができます。
ただし、肛門括約筋の一部が切除されて失われますので、肛門機能が術前よりもある程度低下して、無意識に便やガスが漏れる、排便を長時間我慢できないなどの症状を呈することが考えられます。
まとめ

これまで大腸がん治療における人工肛門(ストーマ)についてや、具体的な手術方法について解説してきました。
直腸は骨盤内部の奥深い場所に位置しており、その周囲組織には膀胱、男性では前立腺、女性では子宮や卵巣が存在しており、消化管の出口は肛門に接続されています。
人工肛門(ストーマ)は、下部直腸がんなどの原因疾患に対する手術治療によって腸管を腹部表面に出して造設する新たな排泄口を指しています。
装着したパウチと呼ばれる袋に排泄物を溜めて廃棄する作業などに慣れれば、日常生活をほとんど制限なく過ごすことができます。
直腸がんの存在する部位や悪性腫瘍の進行度によって、直腸切除術、直腸局所切除術、前方切除術、括約筋間直腸切除術の中から患者さんの状態に応じて適切な手術内容を選びます。
特に、直腸がんの手術治療は、結腸がんの場合と異なって、手術後の生活の質に与える影響が少なくありませんので、担当医師から十分に説明をうけて、自分が受ける手術の具体的な方法や術後の日常生活における注意点などについて相談するようにしましょう。
今回の情報が少しでも参考になれば幸いです。
<執筆・監修>

国家公務員共済組合連合会大手前病院
救急科医長 甲斐沼孟 医師
大阪市立大学(現:大阪公立大学)医学部を卒業後、大阪急性期総合医療センター、大阪労災病院、国立病院機構大阪医療センター、大阪大学医学部付属病院を経て、令和3年より現職。
消化器外科や心臓血管外科の経験を生かし、現在は救急医学診療を中心とする地域医療に携わり、学会発表や論文執筆などの学術活動にも積極的に取り組む。
日本外科学会専門医、日本医師会認定産業医、日本医師会認定健康スポーツ医、大阪府知事認定難病指定医、大阪府医師会指定学校医、厚生労働省認定臨床研修指導医、日本職業・災害医学会認定労災補償指導医ほか。
「さまざまな病気や健康の悩みに対して、これまで培ってきた豊富な経験と専門知識を活かして微力ながら貢献できれば幸いです」